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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)7638号 判決

原告 小泉冨枝 外二名

被告 日動火災海上保険株式会社

主文

原告ら三名の請求は、いずれも、棄却する。

訴訟費用は、原告ら三名の負担とする。

事実

第一申立

一、原告ら三名訴訟代理人は、「被告会社は原告らに対し金三〇〇、〇〇〇円を支払え。訴訟費用は被告会社の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

二、被告会社訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二原告ら三名の主張

原告ら三名訴訟代理人は、つぎのとおり述べた。

(自動車事故の発生)

一、小泉廸雄は、昭和三一年八月二七日、訴外春日部自動車運送株式会社(以下、訴外会社という。)所有の貨物自動車(車体番号埼第三―六九九九号)を運転し、松戸市高野から茨城県鹿島郡鹿島町所在鹿島神社まで荷物を運送しての帰途、同日午後五時四〇分ころ、同県稲敷郡東村中代地先同県県道水郷大橋上にさしかかつた際、たまたま同所路面にくぽみがあり、これに自動車の車輪が落ち込んだため、かねて亀裂を生じていた右自動車のタイロツド・アームが折損し、廸雄は、ハンドル操作の自由を失い、善後処置を講ずるいとまもなく、自動車もろとも、同所左側橋桁を突破し、約一〇メートル下の「利根川」の河原に墜落し、その結果、右自動車の下敷となり、間もなく死亡するに至つた。

(本件事故の原因)

二、本件事故は、前記大橋上路面にくぽみがあつたことおよび亀裂のあるタイロツド・アームをそのまま前記自動車に使用したことによるものであるが、このような亀裂の生じていたタイロツド・アームを使用したことは、訴外会社の整備・修理係である戸部貞一らの不注意によるものである。したがつて、廸雄には、本件事故についてなんら過失がない。

(損害の額)

三、廸雄は、明治四三年八月二四日生れで、本件事故当時、満四六歳の働き盛りであつた。その月収は、当時、平均金二〇、〇〇〇円程度で、そのうちから廸雄の生活費金七、〇〇〇円を控除すると、一箇月の純益は金一三、〇〇〇円である。したがつて年間の純益は金一五六、〇〇〇円となる。廸雄は、当時、健康体であつたから、第九回生命表(厚生省統計調査部作成)によれば、将来なお二三年間の余命を享受し得られるものであり、少くとも、六五歳まで一九年間働くことができるものと考えられる。そうすると、その間の全純益は金二、九六四、〇〇〇円に達するが、ホフマン式計算法により、中間利息を控除すれば、右一九年間の純益の事故当時の価格は金一、五二〇、〇〇〇円となる。したがつて、廸雄は、本件事故により、右金額に相当する得べかりし利益を失い、同額の損害をこうむつたものというべく、本件事故の責任者に対し右損害の賠償を請求しうるものといわねばならない。

原告冨枝は廸雄の妻、その他の原告は廸雄夫妻の子であるが、廸雄が死亡したため、原告らは、その賠償請求権を、相続により、共同で取得した。そして、右賠償請求権を各原告の相続分に応じて分割すれば、各原告は金五〇六、六六六円の賠償請求権を有することが明らかである。

なお、原告らは、最愛の夫であり、父であつた廸雄を失い、ひとり物質的打撃を受けたばかりでなく、その精神的苦痛も甚大であつて、これに対する損害の賠償として金一〇〇、〇〇〇円ずつの慰藉料を請求しうるものといわねばならない。

よつて、原告各自は、得べかりし利益金五〇六、六六六円および慰藉料金一〇〇、〇〇〇円合計金六〇六、六六六円ずつの損害賠償請求権を有するものである。

(損害保険契約)

四、訴外会社は、昭和三一年五月二日、被告会社との間で、本件自動車について、自動車損害賠償保障法(以下、保障法という。)で定める自動車損害賠償責任保険契約を締結した。

(保障法の適用)

五、本件事故については、つぎの理由で、保障法が適用される。

(一)  保障法は、その第一条に規定するように、自動車事故によつて生命または身体を害された被害者の損害の賠償を保障する目的で制定されたもので、被害者の範囲を限定していない。したがつて、加害自動車の運転者といえども、その自動車の運行により死亡したり、負傷したときは、事故について故意、過失がない限り、保障法によつて保護されるのである。

(二)  保障法第三条本文にいわゆる「他人」のうちには、事故について責任のない限り、加害自動車の運転者も含まれると解すべきである。なぜならば、文理解釈上「他人」は同条にいわゆる「自己のために自動車を運行の用に供する者」以外の者すべてを指すことは明らかであり、運転者は「自己のために自動車を運行の用に供する者」ではないからである。

また、同条但書には、免責事由の一つとして、自動車の保有者および運転者が当該自動車の運行に関し注意を怠らなかつたことを規定しており、この規定を見ると、加害自動車の運転者は、つねに加害者の立場にあるように解されるが、この「及び」はいわゆる「及び又は」の「及び」であり、運転者の加害行為について自動車の保有者が責任を負う通常の場合を考えて規定したもので、加害自動車の運転者が被害者であるような例外的場合(本件事故はまさにこの例外的場合にあたる。)には、この免責事由としては、自動車の保有者が当該自動車の運行に関し注意を怠らなかつたことを証明すれば足りることになる。

保障法第三条は、自動車の「保有者」の損害賠償責任について規定したものであるが、保有者の責任が発生する場合として、保有者自身が加害者である場合と、保有者の被用者が加害者である場合の二つがある。前者の場合は、元来民法第七百九条の規定により責任を負うべき場合であり、後者の場合は同法第七百十五条により責任を負うべき場合である。この意味で、保障法第三条は、民法第七百九条および第七百十五条の特則と見るべきものである。

ところで、民法第七百十五条にいわゆる「第三者」のうちには、当該事業主およびその被用者以外の者のみならず、当該事業主の被用者であつても、加害者以外の者は、すべて含まれると解すべきことは、判例の示すとおりである。とすれば、民法第七百十五条の特則である保障法第三条を解釈するに当つても、保有者の使用人であつて運転者以外の者がその行為によつて加害自動車の運転者の生命および身体を害したときは、当該運転者は、被害者として、同条の規定により、右自動車の保有者に対し損害賠償責任を追求しうるものと解すべきである。

(三)  保障法第十一条は、運転者も保障法による保険契約の被保険者となることを、自動車損害賠償責任保険普通保険約款第二条第二項は、「被保険者とは、自動車の保有者及びその運転者とする。」とそれぞれ規定し、これらの規定によれば、加害自動車の運転者が被害者となる場合には、第三条の規定は適用されないように見えるが、これらの規定は、運転者が加害者である通常の場合のことを定めたもので、これらの規定があるからといつて、加害自動車の運転者が被害者である場合には保障法の適用がないとはいえない。

(むすび)

六、以上の次第であるから、原告ら三名は、保障法第十六条の規定に基き、被告会社に対し、政令で定める保険金額の限度において、損害賠償額金三〇〇、〇〇〇円の支払いを求めるため、本訴に及んだ。

第三被告会社の主張

被告会社訴訟代理人はつぎのとおり述べた。

一、原告らの主張第一項の事実は認める。

二、本件自動車のタイロツド・アームが折損したのは、原告ら主張のように、かねて亀裂を生じていたからではなく、たまたま、本件自動車の前輪が路面のくぽみに陥没し、強い衝撃を受けたことによるものである。したがつて、本件事故は、訴外会社の整備修理係員が本件自動車のタイロツド・アームに亀裂を生じ、それが危険な状態にあつたことを不注意にも看過したことにより生じたものではない。

三、原告らの主張第三項の事実は知らない。

四、同じく第四項の事実は認める。

五、保障法の立法趣旨は、その第一条に明らかにされているとおり、自動車の運行によつて人の生命自体が害された場合に、その損害賠償を保障することにより、被害者の保護を図ることにあり、その目的が自動車の保有者および運転者以外の者の保護にあることは明白である。

したがつて、保障法第三条にいわゆる「他人」とは、自動車の保有者、運転者以外の第三者を指し、運転者はこれに含まれないと解すべきである。

このことは、同法第十一条および自動車損害賠償責任保険普通約款第一条、第二条等をみれば、自動車損害賠償責任保険の被保険者は自動車の保有者およびその運転者であり、被害者はそれ以外の第三者であることからも明らかである。

なお、民法第七百十五条にいわゆる「第三者」の範囲と保障法第三条にいわゆる「他人」の範囲とは一致しないものと解される。

六、よつて、本件自動車の運転者である小泉廸雄がみずから運行した自動車の事故により死亡したからといつて、被告会社は、原告らに対し、その主張の保険金を支払う義務を負わない。

第四証拠関係

一、原告ら訴訟代理人は、甲第一、二号証を提出し、証人新井勇、鍋田友一郎の各証言および原告本人小泉冨枝の供述を援用した。

二、被告会社訴訟代理人は、甲号各証の成立を認めた。

理由

(自動車事故の発生)

一  原告ら主張のような自動車による事故が発生したことについては、当事者間に争いがない。

(保障法適用の有無)

二 本件事故について保障法の規定は適用されるのであろうか。この問題は、本件における主要な争点であること原告の主張に徴して明らかなところであるが、これを解決するためには、同法第一条にいわゆる「被害者」および同法第三条にいわゆる「他人」の意義をそれぞれ明らかにしなければならない。

(一)  まず、「被害者」の意義であるが、つぎの諸点から考えると、「被害者」のうちには、加害自動車の保障法にいわゆる「保有者」、「運転者」は含まれないものと解するのが相当である。

(い)  保障法は、その第一条その他全法体系から考察すると、自動車事故により死亡し、負傷した被害者を、その立場の特殊性から、電車事故、航空機事故その他一般の不法行為による被害者よりも厚く保護し、自動車事故による被害者に、簡単に、早く、かつ、確実に、損害の賠償を得させることを主な目的として制定されたものと理解される。

(ろ)  自動車の運行による被害者を、加害自動車に対する関係から分類すれば、(1) 自己のため加害自動車を運行の用に供した者(「保有者」等)、(2) 加害自動車の「運転者」(3) 加害自動車の乗客、(4) 通行人などのように、加害自動車の外部にいるものの四種類とすることができる。そして、(1) の種類に属する者は、保障法第三条の規定により、損害賠償責任の主体として規定されているばかりでなく、被害者となつた場合において、実質的にも、一般不法行為による被害者よりも厚く保護する理由を見出すことができない。つぎに(2) の種類に属する者すなわち、加害自動車の「運転者」が当該自動車の運行によつて死亡したり、負傷した場合における損害の補償については、保障法制定以前から、労働基準法、労働者災害補償保険法等に規定が設けられており、保障法により自動車の運転者を他の危険な作業に従事する労務者と区別し、これに対し、さらに厚い保護を与える必要のある実質的理由を見出すことができない。損害が生ずる限り、その補償は厚いほどよいというような考え方は広く一国の法制とその社会的機能を考えるとき、決して公正な見解ということはできない。また、加害自動車の乗客、一般通行人等の被害者は、損害の補償の不確実性、被害の高度の危険性などの点から、今日の社会情勢から見て、電車事故、汽車事故その他一般交通事故による被害者とくらべ、特殊の立場にあるものというべく、保障法が、まさに、厚く保護すべき被害者であると考えられる。

(は)  同一法律の同一用語は、特別の事情がない限り、同一の意義に解すべきことは、法解釈上、当然のことというべきところ、保障法第十一条にいわゆる「被害者」には、加害自動車の保有者、運転者を含まないことは、その立言の仕方からみて、きわめて明らかなところであるが、保障法第一条の「被害者」の意義をこれと別異に解しなければならない特別の事情は見出しえない。

(二)  つぎに、保障法第三条にいわゆる「他人」とは、つぎに述べるようなことから、「加害自動車を自己のために運行の用に供した者」および加害自動車の「運転者」以外の者を指すものと解するのが相当である。

(い)  「他人」も被害者である。そして、別異に解すべき特別の事情もないから、保障法第一条の「被害者」と同一の意義に解すべきである。

(ろ)  「他人」とは、「自己のために自動車を運行の用に供する者」および加害行為をした者以外の者をいうものと解される。加害行為は、保障法第三条の規定により、自動車の運行であるから、加害行為をした者とは、結局、自動車の運行を担当した者すなわち運転者であると解することが、自然な解釈である。

(は)  保障法第三条但書は、加害者側の免責事由を規定しているが、保有者、運転者以外の者の無過失は免責事由となつていない。これは、同条が運転者以外の者が加害者となることを予定しないことを示すものであろう。

(に)  「他人」は、民法第七百十五条の「第三者」と同じく、被害者であるが、同条では加害行為が限定されていないから、右「他人」は同法条の「第三者」とその範囲を異にするものであることは、いうまでもない。したがつて、加害自動車の運転者が民法第七百十五条の「第三者」に該当することはありうるが、だからといつて、保障法にいわゆる「他人」のうちに加害自動車の運転者も含まれるとは断じえない。

以上が保障法の形式および実質の両面から考察して当裁判所が到達した結論であるが、この見地に立てば、本件事故の被害者である小泉迪雄は、加害自動車の運転者であるから、その遺族である原告らは、保障法第三条の規定により、本件自動車の保有者に損害の賠償を請求し、あるいは、同法第十六条の規定により、保険会社に対し、保険金額の限度で、損害賠償額の支払いを請求することはできないものといわざるをえない。

(むすび)

三 よつて、原告らの本訴請求は、その他の争点について判断するまでもなく、理由のないことが明らかであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項本文の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅正雄 桝田文郎 田倉整)

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